シン・ナイジェラローソン米国版 :||
Eaterが選ぶ2021年春のオススメcookbook その14
3月22日付けのフード情報サイト「Eater」に掲載された、春の新刊cookbookのレビューを読んでいってます。
前回のストーリーでは野菜の品種やスパイスの産地にこだわるように、穀物の個性も学んでいこうと提唱するcookbook『Mother Grains: Recipes for the Grain Revolution』をご紹介しました。
この本を見ていて、ぼくたち日本人は蕎麦をよく食べるわりには、穀物のソバの使い方についてはまだまだ未開拓な部分がたくさんあるなと思いました。
家のホットプレートでもっとガレットを作ったりしてもいいんだよな〜。
さて本日は、イギリスを代表する料理家ナイジェラ・ローソンの新刊cookbookをご紹介いたしますよ!
ナイジェラ・ローソン『Cook, Eat, Repeat: Ingredients, Recipes, and Stories』(エッコ、4月20日発売)
この『Cook, Eat, Repeat』は、英国版が昨年10月に発売されていて、すでにククブクでもいちど採り上げていますね。
ククブクでは何度も言っていますが、英国版と米国版では表紙のデザイン(アメリカ版はどんな社会階層のひとでもわかりやすいように、写真が重要視されている)や度量衡の表記などが異なっていますので、好みに合う方を購入されるといいと思います。
さて、Eaterのレヴューはどんな感じかというと、
最近、レシピの頭書きに文句をつけることがインターネット上のトレンドのようになっている。頭書きには役に立つヒントやレシピの解説、そしてその料理を創造するに至った背景となる「人生の物語」などがある。
たとえば、この『Cook, Eat, Repeat』の「フライドチキン・サンドウィッチ」のレシピの頭書きは、こんな感じ。
1ページまるまるを使って、「フライド」「チキン」「サンドウィッチ」ということばの蠱惑的な響き、鶏肉を自分で揚げることの躊躇と安心感という二律背反、さらに揚げ物をするときに9インチの厚手のフライパンを使うというtipsなど、このレシピに関するテキストがこれでもかと詰まっています。
ナイジェラを信奉するひとたちは、こうした文章の魅力を彼女のcookbookに期待しているわけですが、そうじゃないひとは「知りたいのはレシピであって、個人的な感傷は聞きたくない!」って思っちゃうんでしょうね。
こうした文句を見るにつけ、現代のホームクックたちはことばにあふれたものを求めているわけではないことを信じそうになってしまう。だれもが指示だけを求め、あるレシピを次のレシピと区別するための装飾は、余計なものとして引き剥がしてしまいたいと思っているかのように。
結局それって、インターネットで知りたい情報だけを調べることに慣れてしまった弊害なんですよ。
Amazonで本を買うという体験と、書店に行って本を買うという体験が、「目的の本」以外のものに出会える可能性という点で全然違うように。
「知りたい情報以外のものにアクセスできること」に心をときめかすことができるのか、それは通路に投げ出された足のように邪魔で排除すべきものなのかは、ひとによってだいぶ違うんだと思います。
ありがたいことに、ナイジェラ・ローソンの最新刊はそういうひとたちのためのものではない。『Cook, Eat, Repeat: Ingredients, Recipes, and Stories』にはレシピだけでなく、エッセイやおびただしい数の頭書きが書かれている。
ちなみにタイトルの『Cook, Eat, Repeat』は、完全にエリザベス・ギルバートの回想録『Eat, Pray, Love』にあやかってますよね。
こちらはジュリア・ロバーツ主演で映画化もされています。
すべてがローソンの個性的でチャーミングな「声」で書かれていて、紅茶を飲みながら友人同士でおしゃべりをしているように親密でアツいのだ。
最初のエッセイに書かれているように、彼女のフードライティングへの興味は最初は言語学的なものだった。「ことばを使って、それをはるかに超えた領域のものを伝えるにはどうしたらいいのでしょうか?」彼女はいくつかの方法でこの問題に答えている。
ぼくが思うに、そのひとつの方法が詩だと思います。
どんな言語もとても規則的なものだけれど、そのシステムをわざと崩すことで、ことばでは感知できないような感情や世界の仕組みそのものをとらえようとする試みなんでしょう。
そして料理研究家であるナイジェラが見つけた方法のひとつが、
食べ物の記憶を呼び起こすこと。読者が料理を見事に再現できたことがわかるように、食感や味覚、あるいは匂いといった生き生きとした描写で文章を構成すること。
これの最たる例が、もう何度も言ってますけど、滝沢カレンの『カレンの台所』なんですよ!
たとえば肉じゃがの作り方。
「茶色い模様がつき始めたら、牛肉を失礼しますと隙間に入れて炒めます」「足元は少し浸かっていただき、飽きさせないように景色を変えます」「もうこれ以上休憩されちゃ困ります、と思う度合いでアルミホイルをめくります」
こういう表現に、肉じゃがに入れる牛肉をほかの具材よりとてもリスペクトしていることがわかる反面、あくまで作っているのは「私」であって牛肉は調理される側でしかないという、料理書の人間中心主義性までちゃんと表現されています。
こうした詳細を大事にしているおかげでレシピの指示もまたすばらしく豊か — — たとえばローソンは、ルバーブ・ケーキのレシピで「マシュマロのフロスティングにツノを立たせる」ときは「80年代のヘアースタイリストのような気持ちで」と書いている — — で、みんなが大好きな家庭の女神の手にかかれば、単なる味気ない指示が個人的でしっかり手順を踏んだ個別指導へと変わるのだ。
ね、ナイジェラも同じでしょ?
つまり凡庸なレシピ書の簡潔で味気ない指示表現よりも、詩的表現をとったほうが読者の心に響くんです。
150あるレシピには家庭的な写真が散りばめられていて、「AはアンチョビのA」「茶色い料理の愛あふれる弁護」そして「クリスマスのくつろぎ」といったテーマごとの章によって構成されている。
この章のタイトルの付け方もいいじゃないですか。
「バスク・チーズケーキ」から「コチュジャン・ポーク・ヌードル」、「ラム酒を効かせたフレンチトースト」まで、この本に出てくる料理の範囲には特に理由や規則性はない。あるのはただ、心地よさと贅沢さの融合した感覚だけだ。どのページもローソンのパンデミックのあいだの味覚と思索の集大成になっている。
このほか「焦がしタマネギとナスのディップ」、「チキンのガーリック・クリームソース」、「牛ほほ肉と栗のポートワイン煮」、「ショウガとビーツのヨーグルトソース」など、そのタイトルの通り何度も繰り返し作って食べたくなるようなレシピが多数掲載されていますよ。
料理をし、食べ、それ以上に繰り返すことの多かったこの一年だったが、それでもこの本にはどこにでもいるひとたちの食欲を満足させる以上のものがあるのだ — — ジェニー・G・チャン
「繰り返す」というのは、ひとによってはしんどいことばなのかもしれませんが、それでもそこに何かひとの心を落ち着かせてくれるものがあると知れる、そんなcookbookだと思います。
というわけで、本日はここまで。
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