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ぼくらはニャムニャムニャムと食べてきた

Eaterが選ぶ2021年春のオススメcookbook その16

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3月22日付けのフード情報サイト「Eater」に掲載された、春の新刊cookbookのレビューを読んでいってます。

前回のストーリーでは、ギリシャ・トルコ・キプロスという東地中海地方の料理をテーマにしたcookbook『Ripe Figs: Recipes and Stories from Turkey, Greece, and Cyprus』をご紹介しました。

過去にイラン、パレスチナとアメリカと仲の悪い国々の料理を紹介している著者が、今度はエルドアン政権になってアメリカとの関係が悪化しているトルコの料理を取り上げているというのは、あからさまに「敵を作るな、壁を作るな。料理に国境はない」と言っているようですよね。

世界には自分の理解できる範囲だけが「味方」で、自分の見えていない人びとにはまったく心を寄せない指導者がいるみたいなので、今後もこういった路線のcookbookが増えていってほしいものです。

さて本日は、ぼくもこの記事で初めて知った「ガラ・ジーチー文化」の伝統を伝えていくcookbookをご紹介いたします。

マシュー・レイフォード&エイミー・ペイジ・コンドン『Bress ’N’ Nyam: Gullah Geechee Recipes from a Sixth-Generation Farmer』(カントリーマン・プレス、5月11日発売)

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シェフで農家のマシュー・レイフォードは、自身最初のcookbookで家族の歴史を開陳している。

著者のひとり、マシュー・レイフォードは、従軍経験ののちにニューヨークにある名門料理学校CIA(カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ)を卒業しているシェフ。

cookbookの表紙ではかけていませんが、赤いメガネがトレードマークです。

現在は先祖代々から引き継いだジョージア州の農場主も務めています。

彼のひいひいひいおじいちゃんはティカールの子孫で、奴隷として生まれた。

ティカールというのはカメルーン北西部に住んでいる少数部族で、現在の人口は約2万5,000人と言われています。

他のアフリカのひとたちと同じように、アメリカ大陸に奴隷として連れてこられたティカール。

その子孫には、映画監督のスパイク・リーや歌手のヴァネッサ・ウィリアムス、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズなどがいます。

1870年に彼はジョージア州の海岸沿いに450エーカーの土地を手に入れた。レイフォードが幼少時代の多くを過ごしたそのギリアード・ファームは、それ以来家族に受け継がれてきた。

このジョージア州ブランズウィックにあるギリアード・ファームでは、1874年の設立からオーガニック農法を貫いていて、これまでいちども化学物質を使った栽培をしたことがないんだそうです。

現在はマシューと妹のアルシアが、解放奴隷として農場を開いた初代のジュピターから数えて6代目の農場主として働いています。

しかしこの道にたどり着くまでには、やはり紆余曲折があったようで、

レイフォードは高校卒業後にそこを離れ、軍に入隊し、ハワード大学に入学し、中退して料理学校に通い、各地のレストランで料理をしてきた。

農場に戻る直前には、地元ジョージア州にあるリトル・セント・サイモンズ島のリゾート施設で、エグゼクティヴシェフの地位にありました。

ジョージア州って、アトランタのイメージが強いせいか都会的なイメージなんですけど、州の南東部は大西洋に面していて、しかも日本の長崎県のようにけっこう複雑に入り組んでいるんですよね。

だから島や干潟やたくさんあって、自然の魅力にあふれるリゾート施設が人気だったりしているんです。

熟練のシェフとして2011年に故郷に戻ってきたとき、彼は家族の農場を復活させ、ガラ・ジーチー文化の伝統的な料理を作る準備ができていた。

ここで登場しました「ガラ・ジーチー文化」。

調べてみましたが、主に西アフリカから連れてこられ、アメリカ大陸のシーアイランド地方の綿花プランテーションで奴隷として働かされていたひとたちの文化のことで、島が孤立していたことも手伝って、いまでも独特の言語、芸術、工芸、音楽、料理などを有しているんだそうです。

奴隷にされたひとたちの子孫であるガラ・ジーチーは、沿岸諸島に置き去りにされ、そこで独自の文化と言語を発展させていった。タイトルの「Bress ’n’ nyam」というのは、ガラ語で「祝福し食べる」という意味で、このレイフォードの本は自身の帰還を祝福し、アメリカ南部におけるアフリカ人の食生活の歴史と複雑なフレーバーを掘り下げた、ガラ・ジーチー料理を紹介するものとなっている。

ガラ・ジーチーの食文化は野菜、果物、狩猟肉、シーフードなど、島国でも手に入るような食材で構成されていて、オクラや米、エンドウ豆やピーナッツなど、奴隷貿易によってアフリカからもたらされた食材と、トウモロコシやカボチャ、トマトといったアメリカ大陸原産の食材がミックスされているのが特徴です。

本書のレシピはおおよそ自然界のエレメントごとに構成されている。「土(穀物と農作物)」、「水(魚)」、「火(肉)」、「風(鳥肉)」、「ネクタル(デザート)」、そして「魂(カクテル)」といった具合だ。

いつも思うんですけど、魂や精神を意味する “spirit” がお酒のことも意味するというのは、面白いですよね。

これは古代から神事や祭事などでお酒が「神がかりの精神状態」を生むものとして利用されてきたからなんでしょうけど、この緊急事態宣言下の日本で “spirit”の提供が禁止されているのって、人間の精神活動もお上から禁止されているようで、なんだかな〜って思ってしまいます。

それはさておき、『Bress ’N’ Nyam』のレシピの話。

その多くはレイフォードが食べ育ってきた料理に基づいている。アフリカやカリブ海原産のスパイスとともに、その農園で直接収穫された食材や、地元の水などが取り上げられている。レイフォード一家は鶏や豚を育てていたが、魚や狩猟肉にも頼っていたので、読者は魚やデビル・クラブのフライ、「鹿のステーキ」「うさぎのフリカッセ」といったレシピも見つけることができる。

ギリアード・ファームではクネクネというニュージーランド原産のブタも飼っているみたいですよ。

名前もそうだけど、毛ももふもふしていてかわいい……。とても食べられない……。

「ブタの丸焼き」や「アツアツ缶入り牡蠣」のような、より大がかりでプロジェクト的な料理もあるが、「鍋ひとつでできる魚の煮込み」や、甘辛い味付けでほどよく煮込んだレイフォード一家のお気に入り「メス・オ・グリーンズ」といった日常使いのレシピも載っている。

アフリカ料理には煮込み料理が多いですが、やはりガラ・ジーチーの文化でも煮込み料理は欠かせないようです。

このほか、「サフランとココナッツのミルクライス」「ササゲのサラダ」「アーサーおじいちゃんのスウィートポテト シトラスキャンディーがけ」など、7世代にわたって一家を育ててきた100種類以上のレシピが掲載されています。

苔に覆われた木々、古い家族のスナップショット、そして手書きのレシピなど、本書に掲載された写真からは農園とそこを取り巻く田舎の風景が生き生きと伝わってくる。

『Bress ’n’ Nyam: Gullah Geechee Recipes from a Sixth-generation Farmer』より

6世代以上にわたって受け継がれてきたこうした数多くの紙片から、この料理の伝統がいかに深まっていったのかをうかがい知ることができる — — ベッキー・デュフェット

ぼくたちはおよそ忘れがちだけど、ひとつの家系が7世代も続くなんて奇跡的なことで、その奇跡を下支えしてきた料理をたった何千円かでうかがい知れることができるんだから、料理本ってやっぱり素敵なものなんだと思いましたよ。

というわけで、本日はここまで。

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ライター、フォトグラファー。わかさいも本舗さんのウェブサイトのコピーなど。海外の料理本を紹介するサイト「ククブク」は現在お休み中。ロン・パジェットの詩を趣味で訳してます。プロフィール画像は有田カホさんに描いていただきました。